今回は、書籍『我が投資術』の著者である清原達郎氏が提唱している「ネットキャッシュ比率」について解説していきます。
今回の内容については、書籍『我が投資術』の内容をベースとしていますが、私の解釈を含んでいるため、オリジナルを読みたいという方は、以下の書籍をご覧ください。
>> PR Amazonで『我が投資術』を見る
ネットキャッシュ比率とは
ネットキャッシュ比率とは、企業の割安度合いを見るための指標です。
この指標は「ネットキャッシュ」と「時価総額」の2つの要素から構成されています。
ネットキャッシュについて
清原氏によれば、ネットキャッシュは以下の式で算出されます。
ネットキャッシュ = 流動資産 + 投資有価証券 × 70% ー 負債
例えば、流動資産が1000円、投資有価証券が300円、負債が500円の会社があった場合は、ネットキャッシュは710円(1000+300×0.7-500)になります。
投資有価証券に70%乗算しているのは、売却時の税金分(約30%)を差し引いて現実的なキャッシュ額を出すためです。
このネットキャッシュがプラスということは、短期間で現金化できるかつ価値が落ちにくい資産が負債を上回っている状態を示し、キャッシュリッチであることがわかります。
逆にマイナスになる場合は、負債が短期間で現金化できる資産を上回っている状態であり、ネットデット(純負債)がある状態を示します。
こびと株.comさんもネットキャッシュに関連する独自指標を提唱されていますが、今回の数式とは若干異なります。詳しくは以下の記事をご覧ください。
>> これが正解?『こびと株の10条件』について考えてみる
ネットキャッシュ比率の算出
ネットキャッシュ比率は、ネットキャッシュを時価総額で割って算出します。
ネットキャッシュ比率 = ネットキャッシュ ÷ 時価総額
例えば、ネットキャッシュが先ほどの例の710円で時価総額が1000円の企業があった場合、ネットキャッシュ比率は0.71になります。
ネットキャッシュ比率が示すこと
ネットキャッシュ比率は数値が高いほど、その企業が割安であることを示します。
例えば、ネットキャッシュが1の場合は、企業の時価総額とネットキャッシュが同額であり、企業を“タダ”で手に入れられる計算になります。
これは、企業を買収して短期間で現金化できる資産をすべて売却すれば、買収にかかった費用を全額回収できるためです。
一方で、1を超える場合は資産を売却して負債を返済した後でも、余剰のキャッシュが残ることになります。
一般的にはネットキャッシュ比率が1未満となる企業が多いですが、この数値が高いほどその会社が割安であることを示していることはおわかりいただけるかと思います。
ネットキャッシュ比率が重要な理由
ネットキャッシュ比率が重要視されるのは、一般的な割安指標であるPBR(株価純資産倍率)では企業の真の価値を正確に評価できない場合があるためです。
ネットキャッシュ比率は、より安定した資産価値に基づいて企業の割安度を評価できるため、より有効です。
PBRとは
PBRとは、株価を1株あたりの純資産(BPS)で割った指標で、企業の純資産に対して株価がどれだけ評価されているかを示します。
例えば、純資産が200円の会社の株価が300円だった場合は、企業の価値が純資産の1.5倍で評価されていることになります。
一般的にPBRが1倍を下回ると割安と判断されます。
しかし、この指標には問題点があります。
PBRの問題点
PBRの問題点を一言でまとめると、資産価値の変動が大きい固定資産も指標の算出に含まれており、理論上の数値と実際の数値の乖離が起こりやすい点です。
固定資産には企業が持つ建物や設備投資などが含まれます。PBRはこれらの資産を簿価(会計帳簿に記載のある額)で買ってくれる人(または会社)がいることを想定しています。
しかし、その会社が赤字を垂れ流している場合でも簿価で買ってくれる人はいるでしょうか?
また、減損(当初の想定よりも大幅に価値が低下した際の会計処理)によって、PBRは跳ね上がってしまう場合もあります。
例えば、時価総額が25億円で資産100億(固定資産が70%)、負債50億で純資産50億円の場合はPBR0.5倍になり一般的には割安水準となります。
しかし、何らかの理由で50%減損をすると35億円の特別損失が出て、純資産が15億円まで目減りします。つまり、PBRが1.67倍(25÷15億円)まで跳ね上がります。
実際には巨額の減損が出た場合には、時価総額も下がると思うのでPBRがここまで跳ね上がらない可能性もあります。
ただ、PBRベースによる割安判定は、固定資産が含まれており安定しないため問題となり得ることはお分かりいただけるかと思います。
ここでより安定した割安指標として出てくるのがネットキャッシュ比率です。
ネットキャッシュ比率が割安判定に使える理由
ネットキャッシュ比率の算出方法を改めて見てみます。
ネットキャッシュ比率 = (流動資産 + 投資有価証券 × 70% ー 負債)÷ 時価総額
上記のようにネットキャッシュ比率は、流動資産や投資有価証券など、現金化しやすい資産を基に計算されます。
これらの資産は市場価値に近く、企業の業績や固定資産の評価減による影響を受けにくい特徴があります。つまり、価値が安定しているのです。
また、現金や売掛金などの流動資産は、ほぼ確実に現金化できるため資産評価の信頼性としても高いです。
そのため、ネットキャッシュ比率は企業の割安度をより正確かつ安定的に評価できる指標として有効なのです。
ネットキャッシュ比率の注意点
ネットキャッシュ比率は企業の割安度合いを測る上で役立つ指標ですが、注意点もあります。
清原氏の書籍では、以下が紹介されています。
- 投資有価証券以外の固定資産が無視されている
- 将来のキャッシュの増減を加味していない
これらの詳細については書籍をご確認いただければと思いますが、個人的には別の注意点があるかと考えています。
それは、棚卸資産の価値と過剰な内部留保の可能性、他の指標とも併せて見る必要がある点です。
注意点1:
棚卸資産の価値
棚卸資産とは、流動資産に含まれる勘定科目の1つで、主に商品の在庫の価値を示します。
上述したネットキャッシュ比率ではこの棚卸資産が簿価で売れることが想定されていますが、実際はそうではないことの方が多いでしょう。
なので、厳密に評価する場合は、棚卸資産分(仕掛け金なども同様)を除外するか何割が価値を減らしてネットキャッシュを算出すると良いかと思います。
とはいえ簡単なスクリーニングである場合はこの点は無視できるかと思いますが。棚卸残高を算出して引くのが手間ですし。。。
注意点2:
過剰な内部留保の可能性
スクリーニング目的で軽く用いる場合には特に大きな問題にはなりませんが、企業が過剰な内部留保によってネットキャッシュ比率が高くなっていないかは注意しておいた方が良いでしょう。
というのも、成長投資や株主還元などを積極的にせずに企業が過剰に現金を溜め込んでいる場合には、ネットキャッシュ比率が高くなる可能性があるためです。
いくらネットキャッシュ比率が高くても企業が成長せず、また株主にも還元してくれないと、株を買っても旨みが少ないので、しっかりと確認したいポイントです。
注意点3:
他の指標とも併せて見る必要
もう一つの注意点としては、この指標だけで割安度合いの判断をするのは危険であるということです。
この世には、まだ1つで完結するような完璧な指標は存在していません。なので、様々な指標から複合的に判断することが必要になります。
特に、この指標は現在どれくらい価値が安定している資産があるかを示す指標であり、その企業が稼ぐ力などは組み込まれていません。
もちろん、ネットキャッシュはこれまでの利益の積み重ねでもあるため、収益性はある程度あることが分かりますが、直近のパフォーマンスや将来性については未知数です。
そのため、書籍では企業の稼ぐ力も加味した『キャッシュニュートラルPER』という指標も提唱しています。
これについては、また別の記事でご紹介します。
そういった他の指標も併せて割安度合いを判断するようにしたいところです。
高配当株投資においてのネットキャッシュ比率の重要性
高配当株投資において、ネットキャッシュ比率は非常に重要となります。
というのも、この指標によって配当の源泉としてのキャッシュがどれくらいあるのか、どれくらい割安なのかをある程度判断できるためです。
高配当株投資は配当利回りを上げるためにも、割安の際に仕込むのが鉄則です。
その割安度の判断を安定した指標から判断できるため、非常に有効でしょう。
また、配当の源泉となるキャッシュをベースにしているため、キャッシュの豊富さについても併せて把握できます。
まさに一石二鳥と言える指標です。
トヨタのネットキャッシュ比率を見てみた
では、参考としてトヨタ自動車のネットキャッシュ比率を見て、割安なのかどうかをチェックしてみましょう。
2023年度と2024年度期末決算時のトヨタ自動車のネットキャッシュとネットキャッシュ比率は以下の通りです。
年度 | ネットキャッシュ | ネットキャッシュ比率 |
---|---|---|
2023 | 11,305,549百万円 | 0.4433 |
2024 | 15,381,789百万円 | 0.2961 |
割安の絶対値的な基準はいまいちわかりませんが、トヨタのネットキャッシュ比率はそれほど高くなく割安ではなさそうです。
2023年と2024年の期末時点で比較した場合だと、前者の方がネットキャッシュ比率が高く、割安であると判断できます。
その要因としては、2023年は時価総額が2024年の約半分となっているためだと思われます。
ネットキャッシュ自体は2024年の方が4兆円ほど多いですが、時価総額が低い(割安な状態)ことによって2023年時点の方がお買い得な数値になっているのでしょう。
同じ企業でも見る年によってこれだけ変わるんですね!
ネットキャッシュ比率を割安判定に使う場合は、過去の推移もチェックしておいた方が良さそうです。
コメント